【CNDS2025】国産クラウドが目指すCloudNativeの未来 さくらのクラウドの進化と展望

2025年5月に開催された「CloudNative Days Summer 2025」において、さくらインターネット クラウド事業本部プロダクトマネージャ 田籠 聡(たごもり さとし)氏が登壇したキーノート「さくらのクラウドにおけるCloudNativeのいまとこれから」では、国産クラウドとしての戦略的進化とCloudNative社会への対応を軸に、ガバメントクラウド準拠への取り組みから、サーバレス実行環境「AppRun」や今後のマネージドKubernetes構想までを網羅的に紹介。クラウド利用の分岐点に立つユーザー層に向け、さくらが描く二軸の未来像を明快に示した内容だった。
さくらのクラウドの歩みと現在地
CloudNative Days Summer 2025のキーノートに登壇したさくらインターネット クラウド事業本部プロダクトマネージャの田籠 聡氏は冒頭、次のように語る。
「さくらインターネットの企業理念に『やりたい』ことを『できる』に変える、という言葉があります。お客様のやりたいことを、我々の提供するプラットフォームでできるようにしていくというのが基本のスタンスです」
この理念を体現する基盤として展開されてきたのが「さくらのクラウド」である。2011年にIaaS型クラウドサービスとしてスタートした同サービスは、仮想マシン(VM)、ストレージ、ネットワークというシンプルな構成から出発し、高火力(GPU)プランなどの追加を経て発展を遂げてきた。
とくに大きな転機となったのが、2023年からの「ガバメントクラウド」の条件付き認定である。これはデジタル庁による制度で、政府全体が共通利用するクラウドサービス基盤として認定されるための技術条件を満たす必要がある。田籠氏は、「この条件というのは2026年3月までに一定の基準を満たせば、正式に認定するというものです。特殊なサービスが求められているわけではありません」と説明した。
認定には約300件にのぼる技術要件をすべて満たす必要があり、公開されているリストには認証、暗号化、ログ、メトリクス、バックアップ、ポータビリティといった、基本的かつ高度な機能が並んでいる。さくらのクラウドでは現在、こうした技術要件の達成に取り組んでいるという。
そしてこれらの要件を実装することは、エンタープライズ向けに求められるセキュリティ要件を満たすうえでも重要である。さくらのクラウドにとっては大きなサービス強化のマイルストーンとなる。田籠氏は「もちろんガバメントクラウドの条件を満たしたら終わり、ということではありません。その先にも開発は続きます」と語り、今後への意欲をにじませた。
またさくらインターネットでは同時に、CloudNativeやサーバレスコンピューティングへの対応も本格化させている。2025年5月時点では、KubernetesとKnativeをベースにした、コンテナ実行によるアプリケーション基盤「AppRun」をベータ版として提供中であり、将来的には正式版としての展開を見据えている。「AppRunはさくらのクラウドで今後、中核になると位置づけています」と田籠氏は強調する。
このように、AppRunを軸としたクラウドネイティブな環境は、データベースや認証といった他のマネージドPaaSサービスとの連携によって、さくらのクラウド全体をクラウドプラットフォームとして形づくる柱となりつつある。
クラウドの進化と利用者層の変遷
クラウドサービスは、その登場から現在に至るまで、技術と利用者の両面において段階的な進化を遂げてきた。田籠氏はその変遷を三つのフェーズに分け、次のように総括している。「クラウドは2006年にEC2とS3が登場し、まずアーリーアダプターに使われました。その後2010年からはWeb系スタートアップで広まり、2015年以降はエンタープライズにも本格的に浸透し、今ではクラウドが当たり前の選択肢になったと感じています」
この進化の中で、IaaSやPaaSの拡充に続き、2013年頃からKubernetesやサーバレス技術が広く浸透し、マネージドサービスの充実とともにクラウド基盤の柔軟性・信頼性は大きく向上した。また近年では、生成AIの台頭がクラウド活用の様相を一変させつつある。従来型のスケールアウト設計に加えて、大規模なAIワークロードを扱うためのGPUリソースやデータレイク型ストレージのニーズが急増し、クラウド基盤に求められる要件は多様化している。
こうした背景のもと、クラウドの利用者層も広範かつ多層的になっている。田籠氏は、クラウドユーザーの分布とその特性を次のように分析する。「Web企業やスタートアップは、すでにCloudNativeな環境が前提になっています。Kubernetesやサーバレス、さらにSaaSやAIを積極的に使う傾向が強いです。一方で大手エンタープライズや規制産業、公共分野では導入のペースにばらつきがあります」
たとえば、金融や医療などの規制産業では、セキュリティや監査要件の厳格さからクラウド導入が慎重にならざるを得ない。また地方自治体は予算や人材といったシステム更改の余力が限られており、従来型のVMベースの構成から脱却できていないケースが多い。中央省庁では今後サーバレスやKubernetesの導入が加速する見通しがあるものの、安全保障分野においてはクラウドの活用自体が難しい状況もある。クラウドが「当たり前」の選択肢となった現在においても、このように分野や業種によってクラウド移行の進度や受容の度合いには大きな差が見られる。CloudNativeへの移行は、技術的にも組織的にもいまだ統一された潮流とはなっておらず、進行は地域や産業の特性に応じた「グラデーション」を描いている。
だがその一方で、この多様性こそがクラウド進化のダイナミズムを支えているとも言える。さくらインターネットは、この異なる状況にあるユーザーそれぞれに対応しながら、CloudNativeな未来を実現すべく、次なる戦略を打ち出している。
CloudNativeに向けた二軸の戦略
さくらインターネットは、クラウドの利用が当たり前となっているユーザーと、依然としてオンプレミスに留まるユーザーという二極の実態を見据え、それぞれに向けたアプローチを両立させる戦略を描いている。すでにCloudNativeな環境でサービス開発を行うWeb企業やスタートアップに対しては、より高度なマネージドPaaSやサーバレス実行環境を通じて、ユーザーが本来の開発業務に集中できるよう支援している。田籠氏は「クラウドの利用はすでに当たり前という方に対しては、我々のサービスの上で開発に集中していただけるようなプラットフォームを提供したいと考えています」と狙いを説明した。AppRunなどのサービスは、より広範なユースケースへの対応も見据えて拡充が進められており、またマネージドKubernetesの提供も将来的な選択肢として検討が進んでいるという。
一方でクラウドを導入したくても法制度やセキュリティ面などで障壁に直面しているユーザーに対しては、「データ主権」や「技術主権」を重視した国産クラウドとして、CloudNative体験への橋渡しを目指している。田籠氏は次のように意義を語る。「クラウドを使いたいが障壁があるという方々に対しては、譲れない条件とクラウド体験の両立をかなえたいと考えています。国内完結のAIワークロードや、連携するクラウド機能を提供していくことで、CloudNativeな体験を届けたいと思っています」
この二軸戦略の背景には、すべてのシステムが遅かれ早かれCloudNativeな世界へ向かっていくという認識がある。そのため、さくらのクラウドは右肩上がりに進む市場動向に対応すべく、二方向でのサービス展開を同時に進めていく必要があると位置付けている。田籠氏は、「我々さくらインターネットは、日本国内における国産クラウドとしての強みを生かし、CloudNativeな世界に向かうための準備をますます進めていく必要があります」と語った。
講演の最後では、クラウドを「使う」だけでなく「創る」側の魅力についても呼びかけた。「クラウドサービスを使うのは楽しいけど、作る側もすごくおもしろいですよ。CloudNativeの技術を使いたくても使えない人たちの障壁を取り除くために、私たちはサービスを作っています」と田籠氏は力強く語った。
さくらインターネットはCloudNative社会を見据え、多様なユーザーに対して柔軟かつ現実的な選択肢を提示している。クラウドが社会インフラとして定着しつつある今、国産クラウドとしての自立性と適応力を備えた同社の動向は、今後ますます注目されることになるだろう。
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