AGLのエグゼクティブディレクター、Dan Cauchy氏が語るOSPOへの期待

2025年4月30日(水)
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
AGLのエグゼクティブディレクター、Dan Cauchy氏にインタビュー。OSPOへの期待について訊いた。

The Linux Foundation配下のプロジェクトAGL(Automotive Grade Linux)が2025年2月26日と27日に都内で開催したAll Member Meeting(AMM)の会場にて、AGLのエグゼクティブディレクターであるDan Cauchy氏にインタビューを行った。ここでは短い時間の中でルネサスの宗像氏のプレゼンテーションに対する熱い思いや中国のEVメーカーの状況、OSPOへの期待、AGLが考える今後のチャレンジについて語ってもらった内容を紹介する。

インタビューに応えるDan Cauchy氏

インタビューに応えるDan Cauchy氏

最初にDanさんがAGLに関わるようになった経緯を自己紹介とともに教えてください。

私もともとはデベロッパーで最初の頃は通信会社で働いていました。その頃はC言語で開発をしていて、最後に少しだけC++を使って開発をしていました。通信会社の組込み系システムの開発ですね。それからMontaVistaでEmbedded Linuxを使って携帯電話のシステム開発に携わるようになりました。その時に日本の携帯電話のメーカーの皆さんとは一緒に仕事をしていますので、日本のメーカーとは関わりが深いと思いますね。

そしてMontaVistaの時に車載システムにも関わるようになりまして、今回、AGL AMM(AGL All Member Meeting)で登壇してくれたPanasonicの皆さんとはそのころからの付き合いですね。MontaVistaではドイツのボッシュと車載システム開発に関連した仕事を多くやっていました。その関係でJim Zemlinとは知り合いでしたが、ある時、Jim Zemlinから電話をもらって「今度、車載システムをLinuxでやるという団体を立ち上げるから助けてくれ」と言われて、そこからAGLに参加したという経緯です。2014年の3月に参加しましたのでちょうど11年目ということになりますね。

今回はルネサスの宗像さんのプレゼンテーションがすごく印象に残っています。これまで組込み系システムの典型と思われていた自動車の内部のシステムを組込み系ではなくもっと普通のサーバーやクラスターとして扱って開発するべきだ、さらに言えば中国のEVメーカーはもっと進んでいてスマートフォンのようにいつでもシステムやアプリケーションをアップデートしたりアップグレードできたりするようになるべきだという熱い解説でした。

あのプレゼンテーションには私も感動しましたね。組み込み系のエンジニアと現代のソフトウェア開発を行うエンジニアを対比させて、その違いをちゃんと説明していました。守旧派をどうやって説得するべきか? というのも良い論点だったと思います。私があのプレゼンテーションを高く評価しているのは、私自身が宗像さんの言うところの「Old-Guard Crony(守旧派)」の組み込みエンジニアだったからです(笑)。だから昔の発想を捨ててもっとモダンなソフトウェア開発に向かわないと未来がないというのは実感として理解しています。世の中のすべての組み込み系エンジニアが見るべきプレゼンテーションだったと思いますが、しかし現実には良いサンプルがあります。それはTeslaです。Teslaはそれまでの組み込み系の発想ではなく、サーバーやスマートフォンのように自動運転のためのソフトウェアを開発しています。Teslaにできて他の自動車会社にできないということはないはずですし、それをやらなければ別の会社がそれを始めて競争に負ける、会社がなくなるかもしれないということを理解するべきですね。

宗像さんのプレゼンテーションでは中国のEVメーカーの台頭にも危機感を持つべきだというメッセージが込められていました。AGLとしての中国のメーカーへのアプローチは?

中国では実際のところ多くのメーカーがAndroidからフォークしたLinuxをベースとして、それぞれが独自に機能追加を行って開発しているという状況です。AndroidなのにGoogleのサポートもアップデートも受けられなくて苦労をしていると思います。ですので全体の傾向としては減っているというのが現状だと思います。AGLに関して言えば、中国でもすでに数社が利用していることはわかっていますが、それを開示することができないのがちょっと残念ですね。メンバーも中国からはSAIC(上海汽車集団股?有限公司)だけというのが現状です。他にも車載システムだけではなくVehicle-to-Cloud(V2C)やVehicle-to-Vehicle(V2V)のような使われ方の中でAGLが採用されているというケースもあるようです。こういうのは先方から問い合わせが来て初めて知ることが多いというのもオープンソースならではということだ思います。でも中国のメーカーとはいつもさまざまな場所で打ち合わせをしていますよ(笑)。

中国とはテクノロジーだけではなく政治に絡む難しさがあるのは理解していますので仕方がないことなのかもしれません。AGLに関しては外部から見ていても「コントリビュータを増やすこと」やその先の「実際に販売されている自動車の中に組み込んで出荷されるモデルを増やすこと」が大きなチャレンジだと思いますが、それ以外には何がチャレンジだと思いますか?

今あなたが言ったチャレンジはその通りでコントリビュータとして実際に手を動かしてソフトウェアを書く人を増やしたいですし、トヨタのカムリのように実際に搭載したモデルを増やしたいというのもその通りです。それを推進させると私が期待しているのはOSPO(Open Source Program Office)です。トヨタが先行して組織作りを行ってくれていることが心強いですね。社内でのオープンソースの認知を挙げてコミュニティに貢献することの意味や価値を経営者が理解するようになればオープンソース全体のためになると考えています。

製造業全般に言えることですが、知的財産に関してはまだまだオープンソースに関して理解してもらえないことが大きいということなのかもしれませんね。

※:トヨタのカムリがAGLを採用したという部分については以下を参照して欲しい。

●参考:Automotive Grade Linuxをトヨタが世界的に採用 - Amazon AlexaもAGLに加盟し音声認識をサポート

最後に、今回トランプ政権になって、経済や外交などさまざまな分野で将来が不透明になっていますが、それについては?

今回のAMMのスポンサー、ホンダのブースで記念撮影

今回のAMMのスポンサー、ホンダのブースで記念撮影

幸か不幸かわかりませんが、私はカナダ人なのでそれに関しては特にコメントすることは避けたいと思います(笑)。

最後の回答は爆笑しながらのノーコメントという内容となった。インタビューにはアメリカから来ていたAGLのスタッフも同席していたが、最後の質問には眼を伏せて無言で微笑むだけという言葉にならない感情を静かに表現していたのが印象的なインタビューとなった。

著者
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
フリーランスライター&マーケティングスペシャリスト。DEC、マイクロソフト、アドビ、レノボなどでのマーケティング、ビジネス誌の編集委員などを経てICT関連のトピックを追うライターに。オープンソースとセキュリティが最近の興味の中心。

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