【生成AIは組織の自立性を高めるのか?】ーTeslaとBYDに学ぶ未来型マネジメントー イベント参加レポート

- 1 はじめに
- 2 生成AIと組織の自律性 研究課題・趣旨説明
- 3 組織の自律性の課題-スクラムコーチとしての気づきと生成AIへの期待-
- 3.1 具体的事例:バイオ燃料製造装置の研究開発プロジェクト
- 3.2 学び:スクラム導入の成功要因と生成AIの活用
- 3.3 今後の展望:人間が担う役割の再定義
- 4 Teslaでのアジャイル指導経験談
- 4.1 工場がオフィス、現場が設計室
- 4.2 AIは「一緒に働く仲間」
- 4.3 「全社員がエンジニア化」する未来へ
- 4.4 自社AIでしか辿り着けない競争力
- 5 AIを活用した積極的手法で40か国以上の組織やリーダーのビジネス変革を進める
- 5.1 危機は「今」ではなく「前」に備えるもの
- 5.2 レジリエンスとイノベーションを結ぶ「BRIeF」フレームワーク
- 5.3 危機シミュレーションとAI - 対応力を文化にする
- 5.4 レジリエンスの自動化 - AIエージェントが企業を守る
- 5.5 未来を構想し、危機に備える力を育てる
- 6 BYD JAPANの組織マネジメント:設立から4年間の組織立上と体制整備
- 7 自動車業界の若手対談!
- 7.1 マネージャーがいない組織は、現実的か?
- 7.2 自動車業界で、生成AIに期待すること
- 8 まとめ
- 8.1 パーパス・ドリブンとビジョン・ドリブンの違い
- 9 テスラとBYDに見るパーパス・ドリブンの実践
はじめに
本連載は、生成AIコミュニティ「IKIGAI lab.」で活動している8名で運営しています。この記事を通して、ぜひ皆さまも各々の半歩先の未来を想像しながら、色々な価値観を楽しんでいただけると嬉しいです。
これまで、私たちは最新技術の紹介を中心に発信してきました。今回は、3/28(金)に愛知県名古屋市にある「STATION Ai」で開催された、名城大学経済学部主催のイベント「生成AIは組織の自立性を高めるのか? -TeslaとBYDに学ぶ未来型マネジメント-」を通じて学んだ内容を報告します。
愛知県は製造業が盛んですが、「スタートアップ不毛の地」とも言われてきました。この状況を変え、新しい価値を創造する拠点として「STATION Ai」が設立されました。しかし、特に「生成AI」のような最先端技術の活用については、まだ様子見の企業が多いのが現状です。
新しい価値を生み出すためには、自社の技術や直面する課題について関係者間で活発に意見交換し、具体的な行動計画へと進めていく実践力が不可欠です。今回のイベントは、この課題を乗り越えるための「マインドセット変革」を促すことを目的としています。電気自動車(EV)業界を牽引するBYDとTeslaの関係者をお招きし、STATION Aiの「生成AIギルド」という枠組みで議論していただく。これにより、参加者が業界トップレベルの高い視座に触れることで、自社のイノベーションを加速させるきっかけとなることを目指して開催されました。
本記事では「生成AIが自動車業界にどのような影響を与えるのか」、また「自動車を通じて社会にどのような影響を与えているのか」について解説していきます!
- 生成AIと組織の自律性 研究課題・趣旨説明
(名城大学 経済学部教授:佐土井 有里) - 組織の自律性の課題 -スクラムコーチとしての気づきと生成AIへの期待 -
(株式会社オージス総研 ビジネスイノベーションセンター スクラムコーチ:山海 一剛) - Teslaでのアジャイル指導経験談(オンライン・英語・通訳有)
(Agile Business Institute: Joe Justice) - AIを活用した積極的手法で40か国以上の組織やリーダーのビジネス変革を進める(オンライン・英語・通訳有)
(DM Business Transformation Partners: Angel Diaz-Maroto) - BYD JAPANの組織マネジメント:設立から4年間の組織立上と体制整備
(BYD Auto Japan株式会社 代表取締役 東福寺 厚樹)
生成AIと組織の自律性 研究課題・趣旨説明
登壇者:佐土井 有里
(名城大学 経済学部教授)
このセミナーでは、生成AIの導入が企業組織にどのような変化をもたらすのかについて、研究や実践事例をもとにした考察が共有されました。生成AIを単なる効率化の手段としてではなく、組織内の情報を可視化し、個人の判断や責任を促す支援ツールとして位置づけています。セミナーではテスラの事例をもとに、リアルタイムデータとAIの活用により、管理者に依存せずに自律的に機能するチームが実現可能であることが紹介されました。
また、日本企業に多く見られる階層的な構造や年功序列といった慣習が、生成AI導入の障壁となっている現状についても指摘。AIを活用する上での優先領域や目的設定の重要性についても言及しました。
今後は、アメーバ型の柔軟な組織にAIやエージェントが加わることで、組織構造そのものの再編が進む可能性があるとし、評価制度やモチベーション設計の見直しも求められると述べて講演を締め括りました。
組織の自律性の課題
-スクラムコーチとしての気づきと生成AIへの期待-
登壇者:山海 一剛
(株式会社オージス総研 ビジネスイノベーションセンター スクラムコーチ)
山海氏は、スクラム開発におけるチームの自律性について解説しました。J.R.ハックマンの「自律性の4つのレベル」をもとに「スクラムはチームをレベル1からレベル2へ移行させる仕組みを持っている」と説明。
J.R.ハックマンの自立性のレベル
レベル1: マネージャーの指示通りに動く。自律性がほとんどない状態
レベル2: 目標は与えられるが、実現方法はチームで決定する
レベル3: チームが自らチームの編成と見直しを行う
レベル4:ーム自らがチームや製品のビジョンや価値を決定する
スクラムは「1〜4週間程度の固定期間(スプリント)」でPDCAサイクルを繰り返し、チームの自律性を高める手法です。主な手法は以下の通りです。
- スプリントプランニング:そのスプリントで何を達成するかを計画
- デイリースクラム: 毎日進捗確認と課題発見と対処
- スプリントレビュー: 完成した成果物の確認
- スプリントレトロスペクティブ: チームの振り返り、次の改善策の検討
スクラムでは「プロダクトオーナーが“何を作るか”を決め、開発チームが“どう作るか”を自律的に決める」という役割分担が明確です。この権限分散が、レベル2への移行を促します。
具体的事例:バイオ燃料製造装置の研究開発プロジェクト
山海氏は、バイオ燃料製造装置の研究開発プロジェクトでスクラムを導入した事例を紹介しました。しかし、このプロジェクトでは以下の課題が浮き彫りになりました。
- 専門性の高さ: 各専門分野が独立しており、チーム内での助け合いが困難だった
- 変化の多さ: R&Dプロジェクト特有の状況変化の激しさにより、バックログやタスクボードの頻繁な更新が発生
- デイリースクラムの無意味化:
専門性が高すぎるため、対処すべき問題を検出しても他領域の課題に対して協力できない状況が発生
この結果、「マインドセットの形成なく、スクラムの仕組みだけでは機能しない」という教訓が得られました。
学び:スクラム導入の成功要因と生成AIの活用
- マインドセットの重要性: スクラムを単に実践するのではなく、メンバーの「自律的なマインドセット」を育成することが重要
- 見える化の徹底: タスクボードやバーンダウンチャートなどの見える化により、自己組織化(チーム自身で問題検出や対応を決定)する自己管理を促進する
- 生成AIの活用: 生成AIはスクラムが規定する様々な局面(下記)で有用
- プロダクトバックログ作成: ユーザーインサイトの分析
- スプリントプランニング: チームの生産性やスキルセットを考慮したバックログ選定のアドバイス
- デイリースクラム: 課題の自動検出・ファシリテーションや問題発生の予兆の指摘
- スプリントレビュー: プレゼン資料・レビュー資料の自動生成
- 振り返り: チームの健全性評価やスキルセットの分析
今後の展望:人間が担う役割の再定義
生成AIの進化により、技術的課題から適用課題への支援範囲が広がっていることも示唆されました。今後、AIのさらなる進化に伴い「人間が担うべき領域」はどこなのか、見極めていく必要があります。
山海氏は、スクラムとチームに対して生成AIの支援を活用することで、組織の自律性をさらに高める研究と実践を続けていくことを強調しました。
Teslaでのアジャイル指導経験談
登壇者:Joe Justice
(Agile Business Institute)
元テスラのエンジニアであり、現在は「Mob AI」の推進者として世界各地でワークショップを展開しているJoe Justice氏が登壇しました。本セッションでは、氏の実体験に基づいてAIがどのように現場に根ざし、組織のスピードと創造性を劇的に高めているのかについて語られました(本セッションはビデオ講演形式です)。
工場がオフィス、現場が設計室
テスラでは、エンジニアのためのオフィスがあるわけではなく、すべてのエンジニアは工場に出社します。毎日5時にはその現場の全員(Joeさんの現場は50人ぐらいだったそうです)が、朝一番に同じエリアに集まり5人前後の小グループで工場に入り、部品や工程について様々な数値指標が掲示されたボードを見て、その日に改善する部品や工程を決めます。また、その際に必要な経験やスキルセットを持ったメンバーに声をかけ、どの場でアドホックなチームが組成され、終業時間の17時まで改善作業を進めることになります。
AIは「一緒に働く仲間」
Justice氏はテスラで一般的に行なわれている「Mob」という開発スタイルを紹介しました。一般的なやり方では、個々のエンジニアが設計や開発した結果を有識者がレビュー/承認しますが、Mobでは担当者と有識者や承認者が同席して共同で作業することで、レビューや承認の時間をなくしてリードタイムを圧縮するとともに、地検やスキルのトランスファーもできるというメリットがあります。テスラでは、さらにこのMobセッションにAIを参加させるというやり方をしており、これをJoeさんはMob AIと呼んでいました。
Justice氏が提唱するMob AIは、ChatGPTやGeminiなどの既存のAIを活用しつつ、最終的に社内独自のAIを育てていくというアプローチです。重要なポイントは、設計中に得られた「良い回答」を記録し、それを「質問・状況・返答」のセットとしてテキストファイル化することです。それをAIの学習データとして活用することで、AIはその組織固有の業務や技術に最適化されていきます。
これは単なる改善にとどまらず「AIを訓練すること」でもあります。各チームが得たデータや改善の試みはリアルタイムで「Tesla One」と呼ばれるテスラの自社AIにフィードバックされ、日々その学習精度が向上していきます。
このように、1サイクルを5時から17時まで、また17時から翌5時までの12時間とし、AIと共に試作の改良に取り組みます。この取り組みにより製品の重量は1グラム軽くなり、消費電力はわずかに減少し、製造時間は1秒短縮されると言います。これを毎日繰り返すことこそが真のアジャイルであるとJustice氏は語っています。
多くの企業がAI活用を外部に委託し、数ヶ月から年単位で導入を進める中、テスラやトヨタが行っているのは「現場が直接AIを育てる」という地道な実践です。
「全社員がエンジニア化」する未来へ
Mob AIの導入は、単なる部品や工程の改善にとどまりません。設計と製造の境界が曖昧になり「全員が製品改善に携わる」という文化が組織全体に浸透していきます。Neuralink、SpaceX、The Boring Companyといった他のイーロン・マスク氏関連企業でもMob AIは導入されており、小規模なチームがAIの支援を受けながら、高速でプロトタイプ開発を行っています。
また、テスラの車両には1台1台に自己検査機能が組み込まれており、製造過程で部品を自らテストする仕組みが導入されています。これにより設計変更を即座に生産に反映でき、実際にモデル3では4年間で30%のコスト削減と高速充電の効率化が実現されています。
自社AIでしか辿り着けない競争力
Justice氏は、汎用AIに依存するだけの企業は、いずれ価格競争に巻き込まれると警鐘を鳴らしています。誰もが使えるAIだけでは差別化できないからです。カギとなるのは「自社のAIにどれだけ知識を蓄積して活用できるか」にあります。
テスラが取り組んでいるのは単なる業務効率化ではなく、社内のAIを継続的に育てながら進化する組織づくりそのものです。現場でAIを使い、育て、記録し、次の成果につなげていく──それが真の競争力となります。
なお、Justice氏の講演ビデオは、氏のYouTubeチャンネルで視聴できます:
AIを活用した積極的手法で
40か国以上の組織やリーダーのビジネス変革を進める
登壇者:Angel Diaz-Maroto
(DM Business Transformation Partners)
DM Business Transformation PartnersのAngel Diaz-Maroto氏が登壇し、AIと未来思考(Foresight Thinking)を軸に「組織のレジリエンスをいかに高めていくか」について語りました。
Diaz-Maroto氏は、これまで40か国以上の組織やリーダーと共にビジネス変革を推進してきた実績を持ち、その経験をもとに「BRIeFフレームワーク」を紹介。本セッションでは、AIを活用した未来志向の組織づくりのヒントが多数共有されました。
危機は「今」ではなく「前」に備えるもの
「誰も保険を買いたがらない。でも、問題が起きた瞬間、保険を買っておけばよかったと後悔する」。Diaz-Maroto氏はレジリエンス(回復力)とは危機の瞬間に発揮するものではなく、平時に育てるものと語ります。
彼が定義するビジネスレジリエンスとは「人と資産を守りながら、事業を止めることなく継続するために、素早く適応し対応する能力」。この力は、事が起きてから鍛えようとしても遅く、今この瞬間から準備を始める必要があるのです。
さらに、一般的な企業戦略にありがちな「予測(Forecast)」や「予想(Prediction)」の限界についても指摘し、より広範な未来を見据える「Foresight(未来思考)」の重要性が説かれました。
30年前には想像もできなかったAIとの対話が今や当たり前となったように、“ありえない未来”も現実になるかもしれない。だからこそ、突発的な出来事に強い組織づくりが求められるのです。
レジリエンスとイノベーションを結ぶ「BRIeF」フレームワーク
Diaz-Maroto氏が紹介した「BRIeFフレームワーク(Business Resilience & Innovation Enhancement Framework)」は以下の5つの柱から構成されており、企業が危機に強くなるための戦略的思考を支えるものです:
- 全体最適の視点
- レジリエンス戦略
- 破壊的イノベーションへの適応
- AIによる危機対応支援
- 危機時のリーダーシップとガバナンス
この枠組みの特徴は「継続性」と「革新性」を切り離さないこと。危機を乗り越える力(レジリエンス)と、新しい価値を生み出す力(イノベーション)を同時に育てることが求められるのです。
危機シミュレーションとAI - 対応力を文化にする
具体的な実践例として紹介されたのが、AIを活用した危機シナリオのシミュレーションです。
例えば、ChatGPTに企業のビジネスモデルキャンバスを作成させ、その中の重要資源(バッテリー技術など)にリスクが現実化した場合の危機シナリオを生成させます。そこからオペレーション・財務・法務・人材の観点で影響を評価し、トリガーとアクションプランをAIと共に検討します。
重要なのは「どのような危機が起きるか」を予測するのではなく「どんな影響が出たとしても対応できる」構えを作ること。そのための訓練や対話をAIが補助することで人間の苦手なネガティブ想定や見落としがちな要素をカバーしつつ、複雑な議論をスムーズに進められるのです。
レジリエンスの自動化 - AIエージェントが企業を守る
講演の後半では、AIエージェントを使ったレジリエンスの自動化にも触れられました。
KafkaやLangChainといった技術を用いて企業データを監視し、トリガーが発動すれば即座に事前に定義されたアクションプランを提示するAIを設計。過去のシミュレーションを記録して学習したAIなら、実際の危機時にも最適な対応策を導き出せると言います。
このように、事業継続計画(BCP)のような危機的事態が発生した場合に「事業を継続させる」ではなく、むしろピンチを活かしてチャンスに変えられるような、AIの支援によりしなやかな組織を醸成するのが狙いです。
未来を構想し、危機に備える力を育てる
Diaz-Maroto氏の語る「BRIeF」フレームワークは、単なるマニュアルではなく組織が変化に強くなるための“文化”の育て方を提示しています。
まずは小さなシミュレーションから。チームで1つの要素を取り上げ、危機を想定し、備えを考える──その一歩が、明日のレジリエンスを支えます。
BYD JAPANの組織マネジメント:
設立から4年間の組織立上と体制整備
登壇者:東福寺 厚樹
(BYD Auto Japan株式会社 代表取締役)
BYDはバッテリー技術から自動車開発に進出し、EV・PHEVを軸に世界で急成長する中国発の自動車メーカーです。安全性に優れた「ブレードバッテリー」をはじめとする独自のバッテリー技術を保有し、2024年には世界で427万台を販売しています。また、AI投資にも注力し、社員数105万人中11万人がエンジニアで、うち6万人がソフトウェア系と強力な開発体制もアピールしました。
このような開発体制において下記のような革新的な技術開発を実現し、常に革新を続けていると言います。
- 5分で400km充電可能なプラットフォーム「油電同速」
- AIを活用した自動運転システム「天神の目」
- 次世代プラットフォームやロボットとの連携
しかし、日本ではEV化率が約3%にとどまり、BYDの販売台数も2200台程度(これはBYDの生産能力の1時間程の台数)と他の市場と比べても伸び悩んでいました。参入当初はEコマース中心の戦略でしたが、実際にはディーラー網の整備が不可欠と判断し、現在では全国で60ヵ所、年内100ヵ所体制を目指しています。
来年は世界の自動車販売台数2位を狙うため生成AIの活用にも着目し、営業力や組織力の強化を実施していると紹介。具体的には営業トレーニングのために会話内容の分析に活用し、適切な情報提供の可視化を図るほか、コールセンターでの応答支援にも導入を検討しています。AIにより営業品質と業務効率の両面で強化しているとのことです。
また、今回のイベントでTeslaの組織の秘密を知り、BYD Japanも組織力をさらに強化するべく東福寺氏も検討を続けていたとのこと。Teslaは2車種に絞ることで、J.R.ハックマンの自立性のレベル3“チーム自ら構成変更や教育を行う「セルフデザイン」”を実現していると分析し、BYDのように車種が多い場合のロードマップを模索していたと解説しました。
自動車業界の若手対談!
対談者:池田 大喜
(ThinkIT「Gen AI Times」編集、大手自動車部品サプライヤDX推進担当、IKIGAI Lab.メンバー)
清水 亮輔
(大手塗料メーカー勤務。R&D部門で塗料開発をしている傍ら、社内AIデジタル推進にも従事。IKIGAI Lab.メンバー)
- 池田:今回のイベントどうでした?
- 清水:とても刺激的で学びの多いトークセッションでした。社内で生成AIを使用していますが、今後の利活用のヒントになりそうな新しいアイデアをたくさん得ることができて、本当に有意義でした。
- 池田:そうですよね! 利活用もそうですが、生成AIを活用することで組織としても進化している事例を聞いて、DX推進のゴールの1つを見ることができたような気がします。それでは、かなり気になった「マネージャーが不要になる組織」と「自動車業界で生成AIで期待すること」について一緒に考えて見ましょうか!
マネージャーがいない組織は、現実的か?
- 清水:マネージャーがいない組織って理想的に聞こえる一方で、現実的にはかなり課題が多いと感じますね。特に人材育成、プロジェクト進捗の管理、部門間の連携などは、マネージャーの存在があるからこそ機能している部分が大きいです。
- 池田:私も同意です。特に人材育成では、フィードバックなどの理解には使えると思いますが「熱」のようなところはまだ、人間の役割だと考えます。AIはまだ「気持ちに寄り添う」「成長を後押しする熱量を伝える」といった感情や共感を伴う育成の部分は物足りなく感じてしまうんですよね。
- 清水:ただ一方で、生成AIを使って提案内容の理解を深めたり、プレゼン準備に活用したりすることで自信を持って提案ができるようになった、という実感もあります。熱意と理解が両立した状態で対話に臨めるのは自分にとっても大きな成長の機会になっています。
- 池田:確かに、知識の整理・補完にAIを使うのは非常に有効ですよね。チームでのやりとりにおいても、背景を瞬時に共有したり、困っているポイントを即座に可視化したりできるのは大きなメリットです。ただし最終的な判断は人が行う――これはこれからも変わらない前提だと思います。ちなみに、生成AIで自立性が高まったことってありますか?
- 清水:生成AIの登場によって提案資料の下調べや要約作業が圧倒的に効率化されました。以前は時間がかかっていた準備作業も、今では短時間で質の高いアウトプットが可能になり、提案にも自信が持てるようになっています。その分、本質的な業務に集中できるようになったのは、個人としても組織としても大きな変化です。
- 池田:まさにAIは24時間365日いつでも使える壁打ち相手。ちょっとした疑問でも気軽に試せるし、人間相手だと躊躇しがちな相談でも、AIには遠慮なくぶつけられる。それがアイデアの質や数を底上げしてくれる実感がありますね。
自動車業界で、生成AIに期待すること
- 池田:これまで日本の自動車業界は既存製品の最適化が優先され、革新が生まれにくい構造だったと感じていますが、生成AIの登場によって新しい技術やコンセプトに対してチャレンジするハードルが下がっているように感じます。
- 清水:技術開発の立場から見ると、AIを活用すれば、これまで構想段階で止まっていた“未来的すぎる”アイデアの実装にも現実味が出てきます。例えば、気温や気分に応じて色が変わる塗料や自己適応機能を持つ塗膜など、以前ならSFの世界だったものが、現実のものとして議論され始めている。AIと人間の創造力が融合すれば、塗料そのものの概念をも塗り替える可能性があると感じています。
- 池田:海外では「既存の価値観を壊す」ような破壊的イノベーションが多く、日本はどちらかというと「今あるものを改善する」方向に進みがち。でも、生成AIの登場がきっかけになって、もっと大胆な発想や挑戦が日本企業の中からも出てくることを期待しています。そのためには現場レベルでの自主性や裁量の拡大が不可欠ですね。
まとめ
パーパス・ドリブンとビジョン・ドリブンの違い
今回の事例を通じて、以下の2つの概念の違いが明確になりました。電気自動車(EV)業界を牽引するテスラとBYDの事例は「パーパス・ドリブン」と「ビジョン・ドリブン」の違いを浮き彫りにします。
- パーパス・ドリブン(Purpose-Driven):
- 定義: 社会的意義の追求。「なぜ、自分たちはそれをやるのか?」という存在理由を問い、それを原動力とするアプローチ
- 焦点: 社会や世界への貢献、課題解決
- ビジョン・ドリブン(Vision-Driven):
- 定義: 組織が目指す未来像の実現。「自分たちはどこへ行きたいのか?」「何を提供したいのか?」を追求するアプローチ
- 焦点: 組織自身の目標達成、市場でのポジション
テスラとBYDに見るパーパス・ドリブンの実践
EV業界のトップを走る両社は、明確なパーパスを掲げています。
- テスラ:「世界の持続可能エネルギーへの移行を加速する(To accelerate the world’s transition to sustainable energy.)」
- BYD: 「温室効果ガスと化石燃料への依存を減らす技術革新を通じて世界を変える(To change the world through technological innovation that reduces greenhouse gasses and our dependency on fossil fuels.)」
両社に共通するのは「地球に対して、自分たちが何ができるのか?」という問いを起点とし、その答えを事業活動を通じて実行している点です。この「目的(パーパス)の解像度の高さ」こそが単なる製品開発や市場シェア争いを超えた競争優位性を生み出し、急成長と市場拡大を可能にした要因ではないでしょうか。
そして、この考え方は、現在急速に発展している生成AIという新たな変革期において特に重要性を増し、この強力な技術を前にして「自分たちは(あるいは自社は)、生成AIを使って何を実現したいのか?」「どのような社会課題の解決に貢献できるのか?」という目的(パーパス)を一人ひとり、あるいは各組織が明確に持つこと。それが、技術に振り回されるのではなく、主体的に未来を創造していくための鍵となるのではないでしょうか。
改めて、今回の企画やイベントの意義は大きなものを生み出したと思い、少しでも皆様のヒントになれば幸いです。
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