KubeCon Europe 2025、サービスメッシュのLinkerdのミニカンファレンスLinkerd Dayを紹介

KubeCon Europe 2025からサービスメッシュのLinkerdのミニカンファレンス、Linkerd Dayを紹介する。
Linkerdのこれまでをおさらい
●参考:Linkerd Dayのアジェンダ:https://colocatedeventseu2025.sched.com/overview/type/Linkerd+Day
このミニカンファレンスは2025年4月1日の午後を使って行われた。Linkerdは元TwitterのエンジニアだったWilliam Morgan氏が、マイクロサービス化されたアプリケーションを連携させる仕組みとして始めたものだ。当初はApplication Proxyという呼び方でJavaを使って開発し、2016年に公開されている。その後、初めてLinkerdに接した人にとっては「Service Mesh」という名称のほうが理解が早いということで、ブランディングをやり直した。
そして2018年にはサイドカー方式でコンテナに実装されるProxyコンポーネントをRustでゼロから書き直したという経緯を持っている。2021年7月にはCNCFのインキュベーションからGraduationとなり、成熟したソフトウェアとして知られている。主に開発を行っているのはMorgan氏が起業したBuoyantだが、Linkerd DayはBuoyantの主催ではなくCNCFの主催と言う形式になっている。カンファレンスではユースケースの解説に加えてマルチクラスターでの実装に関する解説、wasmCloudとの連携などのセッションが行われた。
オープニングトークとしてBuoyantのCEO、William Morgan氏が登場し、2024年10月のブログ記事を紹介。これはオープンソースの開発元として財政的に困窮していたBuoyantが、ソースコードはそのまま公開した形を取るが、安定版のリリースはBEL(Buoyant Enterprise for Linkerd)という新しい課金モデルに許諾を行い、支払いを行うユーザーに対してのみ行うという新しいマネタイズモデルに移行した。その結果、Linkerdの開発が継続的に行えるようになったことを紹介している。
これまでの例であれば、オープンソースプロジェクトが財政的に健全になるための方法はオープンコア、つまりコアの機能は公開されているが、エンタープライズ向けの機能はプロ版もしくはエンタープライズ版として非公開となり、開発元から購入するという方法がメインだった。しかしBuoyantの方法は新機能やバグ修正、脆弱性対策などのリリースはEdgeと呼ばれるリリースを公開するものの、Stableと呼ばれる安定版においてはシステムに組み込んで使えるアーティスト(通常はバイナリー)は公開されず、BELの契約者のみに公開されるという形式だ。安定版のバイナリーが欲しければ自身でビルドすることは可能であり、それはBELに移行する前と変わらない。しかしBuoyantが必要と考える修正を組み込み、OSやミドルウェアなどの組み合わせに対応したテストを実施し、ビルドされたアーティファクトが欲しければ、この課金モデルに参加するしかない。
興味深いのはBuoyantはすべてのユーザーが安定したリリースだけを使って欲しいと思っているわけではないという点だろう。実際、Edgeリリースをテスト環境やPoCで使うことで早期にバグを見つけることは、コミュニティに対して貢献をしていることと同じだと説明している。またBELの価格体系も従業員50名以下の企業であれば無償とされているし、課金もユーザー数ではなくサービスメッシュのPod数でレベル分けがされており、100Podで月額300USドル、追加の100Podに付き50USドルというのは安価な価格体系だと言える。
この変更は大きなチャレンジであり、Morgan氏も大いに悩んだことを以前のインタビューで語ってくれた。以下の記事の最後に出てくるのがWilliam Morgan氏のコメントだ。
●参考:Civo Navigate North America 2024、元Dockerで現DaggerのCEO、Solomon Hykesのインタビューを紹介
このスライドの元となっているブログ記事は以下から参照できる。
●参考:Linkerd Forever
●関連ブログ記事:
Introducing pod-based pricing for Buoyant Enterprise for Linkerd
Some clarifications and updates on the Linkerd 2.15 stable release announcement
前置きが長くなったが、Linkerdはサービスメッシュというカテゴリーを作り出したパイオニアではあるものの、IBMやRed Hat、そしてCiscoなどが推すIstioと比べて多勢に無勢という状態と言える。一方で、Linkerdのコミュニティもプロジェクトも健全に活動しているということをLinkerd Foreverという言葉で表していたのは分かりやすかったと言える。
EarnIn
その後、EarnInという決済系システムを開発するベンチャーのプレゼンテーションが行われた。EarnInは給与の前払いサービスを提供するフィンテック企業で、そのシステムにLinkerdを使っているという。
EarnInは700以上のマイクロサービスで構成されたシステムで、すでに400万人を超えるユーザーが利用し、毎月40億以上のリクエストを処理しているという。
これまで使用していたSpinnakerとJenkinsの組み合わせではGitOpsが実現できず、Datadogのオブザーバビリティもリアルタイムでのエラーモニタリングができていなかったと説明。そこでGitOpsの部分はArgoCD、トラフィック制御の部分にLinkerdを使ったサービスメッシュを実装したという。
簡単なシステム構成図が次のスライドで説明された。
このアーキテクチャー図ではカナリアリリースの部分のトラフィック制御にLinkerdが使われており、安定した機能を実装したPodに80%のトラフィックを流し、試験的なPodには20%を流すという仕組みが記載されている。またGateway APIが使われていることも理解できる。
Compare the Market
次に登壇したのはこれもユースケースのCompare the Marketという企業だ。車や家屋などに対する保険の比較を行うサービスを開発運営しているイギリスの企業で、サービスメッシュを選択する際のポイントなどを自社の経験を元に解説するセッションを行った。
セッションの流れは問題の把握、サービスメッシュの比較、どうしてIstioからLinkerdに変更したのか、判断の概要、まとめといった流れだった。
この企業も最初はIstioを選択して実装を行ったようだ。IBMやRed Hat、Ciscoが推薦するサービスメッシュであるIstioを選んでおけば間違いないだろうというのは外観的には正しい。過去にもそういう選択を行った会社のエンジニアに話を聞いたことがあるし、対株主的にも正しい選択と見えるだろう。しかし「Istioを選択したことで運用担当者が苦労する」というのは定説のようだ。
このスライドでは導入の体験やサポート、トレーニングなどのコスト、そして問題発生時のサポートやアップグレードのコストなどを総合的に考えるべきだと説明している。Istioを使い始めた時とLinkerdを初めて使った時の体験の違いを犬の写真で表現しているが、それをどう読み解くのかは読者にお任せしたい。
セッションを終えたDimple Dalby氏とAlexander McMenemy氏の両名が、参加者からの質問に真剣に答えていたのが印象的だった。
Cosmonic
この後、WebAssemblyのエコシステムを強力に推進しているベンチャーであるCosmonicのエンジニアによるwasmCloudでのLinkerd連携の解説するセッションが行われた。
ここではLinkerdがProxyとしてKubernetesのPodと通信し、サービスメッシュを介して連携が行われることを示している。
BuoyantのCEOが語る「Future of Linkerd」
この後、BuoyantのWilliam Morgan氏が「Future of Linkerd」というセッションに登壇。
ここでは過去のリリースの振り返りから最新リリースの解説、Linkerdを開発する際の哲学などが説明された。
Morgan氏は、何よりも運用時にシンプルで有り続けることをLinkerdの設計のゴールとして掲げており、例を挙げてLinkerdの新機能を解説した。この例は2021年3月にリリースしたバージョン2.10で導入されたOpaque PortsとProtocol Detectionについてだ。アプリケーションがLinkerdを介して通信を行う際のプロトコルの判定に関する機能だが、それだけでは大量のトラフィックによってタイムアウトが発生するようなユースケースでは問題が発生していたことを解説。
これについてOpaque PortsとProtocol Detectionsだけでは問題は解決しなかったとして、2.18で導入されたのがProtocol Declarationsという機能だ。
この結果、運用がシンプルになり、多くのメトリクスも取得できるようになったと解説。
最後にLinkerdの未来について、今回解説したような運用者にとってのシンプルさを追及することはそのままに開発を続けていくことを語ってセッションを終えた。この後にも複数のセッションが行われたが、最後にもう一度、Linkerdの課金モデルについて触れ、無償でソースコードを公開する前提は崩さずに、ステーブルなリリースアーティファクトを入手するためには課金が必要という仕組みが上手く回っていることを訴えて、半日のミニカンファレンスを終えた。
最後のスライドではLinkerdは「今後、100年後も続いていく」と力強く宣言していたことが印象的であった。
Istioがサービスメッシュにおけるサイドカー実装に対する批判を強め、サービスメッシュから離れていこうとしているなか、EarnInやCompare the Marketという新規ユーザーの信用を勝ち取り、MirantisやCosmonicなどと言ったエコシステムの新しいパートナーを得てシンプルに実装、運用できることにフォーカスし続けるLinkerdに引き続き注目していきたい。
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