KubeCon+CloudNativeCon China 2025開催、初日のキーノートセッションを紹介

2025年9月2日(火)
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
KubeCon+CloudNativeCon China 2025が2025年6月に開催された。初日のキーノートセッションを紹介する。

KubeCon+CloudNativeCon China 2025が2025年6月10日と11日の2日間にわたって、香港で開催された。KubeCon Chinaは上海で数回開催されたのち、パンデミックの影響で開催されていなかったが、2024年に香港で再開されてから2回目の開催となる。

2025年時点では、中国の国籍を持っているエンジニアがアメリカを訪れる際にはビザが必要と言う状態であるため、多くの中国人エンジニアにとって北米のKubeConには参加しづらい状況だ。そのため多くのエンジニアはヨーロッパで行われるKubeCon Europeか、香港のカンファレンスでセッションを行うというのが妥当な選択肢だろう。またKubeCon Chinaでは半分程度のセッションが中国語で行われ、自動翻訳で英語がスクリーンに表示されるという方式をとっており、英語によるプレゼンテーションよりも自由度が高くセッション後のQ&Aも活発に行われていたという印象である。第1回の本稿では初日のキーノートからThe Linux FoundationのJim Zemlin氏とCloud Native Computing FoundationのCTO、Chris Aniszczyk氏のセッションを紹介する。

高層ビルと列車がモチーフのKubeCon Chinaのグラフィック

高層ビルと列車がモチーフのKubeCon Chinaのグラフィック

会場は高層ビルにあるホテルの中層階のホールで行われ、約700名程度のキャパシティのスペースをキーノートセッションに割り当てていた。

横長のスペースにスクリーンが3つ用意されているホール

横長のスペースにスクリーンが3つ用意されているホール

ホールの前のホワイエにはバッジをピックアップするレジストレーションが併設されており、飲み物も準備されていた。アメリカの会場であればコカ・コーラやPETボトルに入った水が用意されるところだが、主にコーヒーと紅茶で冷たい飲み物を重視しない中国らしさが発揮されていた。

ホワイエでオープンを待つ参加者たち

ホワイエでオープンを待つ参加者たち

カンファレンスのスポンサーはHuaweiがダイアモンド、Alibaba、Intel、AWSなどがその下のゴールドスポンサーだ。

KubeCon Chinaのスポンサー。Huaweiが最上位のスポンサーである

KubeCon Chinaのスポンサー。Huaweiが最上位のスポンサーである

AIの領域でもオープンソースの存在感が増している

KubeCon China 2025のキーノート最初に登壇したのは、The Linux FoundationのエグゼクティブディレクターであるJim Zemlin氏だ。Zemlin氏は「Open Source AI Has Won: Why That's Great for the World」と題された短いセッションでオープンソースによる開発手法が最先端のAIにも取り入れられつつあり、プロプライエタリーなAIに先行は許したものの追いつきつつあることを解説した。

●動画:Keynote: Introductory Remarks
AIの開発にオープンソースを適用することが最善の選択だと解説するZemlin氏

AIの開発にオープンソースを適用することが最善の選択だと解説するZemlin氏

Zemlin氏はDeepSeekの登場以来、NVIDIAの株価が下落したことやOpenAIのSam AltmanがDeepSeek登場によってプロプライエタリーからオープンに戦略を転換させたこと、MetaのMark ZackerbergがオープンソースによるAIが将来のあるべき姿であると語ったことなどを実証として紹介。具体的にはAIによる分析能力のレベルがプロプライエタリーとオープンなAIの比較を行ったリサーチを紹介し、2022年の後半ではプロプライエタリーのAIに差を付けられていたオープンなモデルが、2025年6月のレベルではほぼ僅かな差に近づいていることを示すグラフを使って解説した。

オープンなAIがプロプライエタリーなAIとの能力の差を詰めつつあることを示すグラフ

オープンなAIがプロプライエタリーなAIとの能力の差を詰めつつあることを示すグラフ

またプロプライエタリーとオープンという部分ではインフラストラクチャーやミドルウェアの領域では1990年代からIBM、Red Hatなどに始まり、GitHub、HashiCorp、Elasticなどの新興勢力の台頭、そして2010年代にはAWS、Microsoft、Google、Metaなどのメガクラウドプロバイダーによるオープンソースへのシフト、そして2020年代のHuggingFace、DeepSeek、Mistral、Cohereなどがオープンソースを掲げてAIに進出してきたことなどを説明した。最後の部分にはAlibaba、Tencentの名前も挙げられており、中国市場を意識した内容となっていた。

IT業界におけるオープンソースシフトの流れを説明。Alibaba、Tencentの名前もあるところが宣伝上手

IT業界におけるオープンソースシフトの流れを説明。Alibaba、Tencentの名前もあるところが宣伝上手

特に中国については次のスライドでオープンソースをどのように活用してきたのかを解説。ここでは政府と大学などの学術組織が、Windowsへの依存を減らすために徐々にオープンソースに移行してきた2000年代までの動き、そして2000年から2020年のビッグデータのためのオープンソース利用、国内でのオープンソースプロジェクトの立ち上げ、そして2020年から現在に至るオープンソース団体(Open Atom Foundation)の設立、政府指導によるGitHubの代替となるGiteeの促進、RISC-Vの利用拡大、五ヶ年計画におけるオープンソース利用促進の明記などを挙げて説明を行った。

中国でいかにオープンソースが拡がっていったのかを1990年代から現在までを俯瞰して解説

中国でいかにオープンソースが拡がっていったのかを1990年代から現在までを俯瞰して解説

この内容は中国からの参加者には驚く内容ではなかっただろうが、オープンソースという軸でいかに中国が変化してきたのかを、政府の関わりやハードウェアも含めて解説したということに意味があるスライドだと言える。

Zemlin氏はさらに、IT業界の興亡をオープンソースを取り入れたかどうかに分けて解説。ここでオープンソースに行かなかった負け組とオープンソースを積極的に取り入れた勝ち組に分けて説明を行った。

オープンソースを取り入れなかった負け組の皆さんを紹介

オープンソースを取り入れなかった負け組の皆さんを紹介

SCOやBEA、Borland、Sun、Novell、SGI、CRAYなどの過去に隆盛を極めた企業がオープンソースを取り入れなかったために負け組になり、IBM、Oracle、Microsoftなどがプロプライエタリーからオープンソースに戦略を変えたことで勝ち組になっていることを説明した。ここではVMwareも勝ち組として最後に出てくるが、Heptio買収、VMware版のKubernetesであるTanzuなどがその要因だ。しかしBroadcomによる買収でVMwareもある意味負け組に落ちてしまった企業かもしれない。

オープンソースを取り入れて勝ち組になった皆さん

オープンソースを取り入れて勝ち組になった皆さん

オープンソースはすでに多くのエンタープライズ企業のITスタックの中の70%を占めるほどに利用されているが、単にオープンソースとして公開しただけではエコシステムを拡大することにはならないと説明したのが次のスライドだ。

ソースコードを公開しただけではエコシステムの拡大には繋がらない

ソースコードを公開しただけではエコシステムの拡大には繋がらない

プロジェクトのガバナンスモデルや標準の設定が必須であり、コミュニティに参加するエンジニアがコントリビューションを行う際の体験を最適化することが重要であると強調。特にAIにおいてはオープンなデータセットを使うことや評価を公開することなどが必要と説明した。ここではLFやCNCFなどの非営利団体が母体としてガバナンスや透明度などをガイドすることの必要性を暗に示していると言える。AIについてはLF AI & Dataという下部組織が設立されている。

次のスライドではAIにおけるスタックを示して説明し、赤い楕円で示した部分にオープンなモデル、ガバナンス、コミュニティを醸成することの重要性を説明した。

AIのためのスタックを使って説明。プロプライエタリーなコンポーネントも存在することを認めている

AIのためのスタックを使って説明。プロプライエタリーなコンポーネントも存在することを認めている

このスライドでは、アプリケーションは企業独自の戦略的な資産であることは自明だが、プロプライエタリーなAPIやデータセットなども存在する中でオープンソースがその価値を上げていくことを説明している。当分はプロプライエタリーとオープンがミックスされたAIスタックが企業の中で使われていくことを認めていると言える。

またエージェンティックAIについても多くはプロプライエタリーなコンポーネントではあるが、A2AやMCPなどオープンな仕様も徐々に出てきていることを説明した。

エージェンティックAIのスタック。まだ多くはプロプライエタリー、クローズドだ

エージェンティックAIのスタック。まだ多くはプロプライエタリー、クローズドだ

MCPについてはOpenAI、GitHub、Microsoft、Googleがすでに賛同していることを紹介。

AnthropicのMCPについて多くの企業が賛同していることを紹介

AnthropicのMCPについて多くの企業が賛同していることを紹介

またA2Aについても同様にオープンソース化されたことでこれからのエージェンティックAIが進化することを紹介してセッションを終えた。主にオープンソースこそがこれからのAIの進むべき道であるというLFのトップならではの論点を構成したセッションとなった。

CNCFのCTOが解説するクラウドネイティブなシステムの動向

次に登壇したCNCFのChris Aniszczyk氏はCNCFの観点からクラウドネイティブなシステムの拡大、そして中国での動きを解説した。

●動画:Keynote: Community Opening Remarks
CNCFのChris Aniszczyk氏登壇

CNCFのChris Aniszczyk氏登壇

Aniszczyk氏はオープンソースのクラウドネイティブなシステムに関わるエンジニアが920万人に拡大したこと、Kubernetesがクラウドネイティブなシステムの93%で使われていることなどを紹介した後に、中国と香港がアメリカに次いで多くのコントリビューションを行っていることを説明した。ここでは中国と香港を分けながらもグラフの中ではChinaで括られているところにAniszczyk氏の注意深さが垣間見えているようだ。

China(中国と香港)はアメリカに次いで2番目のコントリビューション数

China(中国と香港)はアメリカに次いで2番目のコントリビューション数

また中国発のオープンソースプロジェクトについても紹介。ビッグデータや機械学習では必須のバッチジョブのスケジューラーであるVolcanoは、このカンファレンスの中で何度も出てくる重要なソフトウェアとなっている。

中国発のオープンソースプロジェクトを紹介

中国発のオープンソースプロジェクトを紹介

CNCFにとっては最新のプロジェクトであるOpenTofuとModelPackについても簡単に紹介したが、ここでは新しいサンドボックスプロジェクトとして名前を知らしめるためのコメントというレベルとなった。

新しいサンドボックスプロジェクト、OpenTofuとModelPack

新しいサンドボックスプロジェクト、OpenTofuとModelPack

次にCNCFの基幹プロジェクトであるKubernetes上で実行されるAIシステムが、Kubernetesの実装に準拠しているかを認定するプログラムがベータになったことを説明した。これはこれから多くの生成AIやLLMがKubernetesをプラットフォームとして実装されることを見込んで、早めにKubernetesの設計思想に沿った実装を行って欲しいというCNCFの発想が形になったということだ。

この認定を受けられるのはCNCFのメンバーであることとCNCFのプロジェクトを使っていることが条件だが、これから多く出てくるであろう生成AI実装を「CNCF認定」として差別化するためにはCNCFが公開しているランドスケープの混乱を避けるためにも必要ということだろう。

Kubernetes上のAI実装の認定プログラムをベータとして公開

Kubernetes上のAI実装の認定プログラムをベータとして公開

ここからはCNCFが開発したKubernetesの認定試験にすべてパスした中国の「Kubestronauts」を紹介し、CNCFのメンバーとなっている中国企業の名前を挙げ、KubeCon Chinaで行われるAlibaba、China Mobile、iFLYTEK、ANT Financialのセッションやユースケースを紹介して最後のパートに移った。

AlibabaとChina Mobileのユースケース、iFLYTEKのセッションなどを紹介

AlibabaとChina Mobileのユースケース、iFLYTEKのセッションなどを紹介

最後は2026年もKubeCon Chinaが行われることを宣言してセッションを終えた。

来年も行われるKubeCon China。詳細は別途発表の予定

来年も行われるKubeCon China。詳細は別途発表の予定

全体としてJim Zemlin氏が高い視点からオープンソースによるAIの開発を促し、Chris Aniszczyk氏はクラウドネイティブの視点からプロジェクトの紹介と中国企業の躍進を讃える内容となった。ほぼ9割を占める中国からの参加者にとってみれば、LF/CNCFのエグゼクティブが中国は正しい道を進んでいることを認めた内容になっていたわけで、彼らにとってポジティブな気分になれたキーノートセッションだったと思われる。

一方日本からの参加者が数名という状況だったのが非常に残念だ。すでにAIの開発・利用について、日本は中国のはるか後方に後れをとっているという認識に立てば、KubeCon Chinaは中国の最新の活用事例やプロジェクトの方向性を自らの目で確認できる最適な場所だ。来年のカンファレンスに多くの日本のエンジニアが参加できることを願う。

著者
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
フリーランスライター&マーケティングスペシャリスト。DEC、マイクロソフト、アドビ、レノボなどでのマーケティング、ビジネス誌の編集委員などを経てICT関連のトピックを追うライターに。オープンソースとセキュリティが最近の興味の中心。

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