AIはDevRelにどのような影響を及ぼすのか

はじめに
最近のテック業界においてAIは無視できない存在になっており、多くの個人や企業の開発現場ではAIコーディングツールが活用されています。それでは、これらのAIは、いったいDevRelにどのような影響を及ぼすのでしょうか。
今回は、実際にAIが活用されている場面を紹介しつつ、それでも人が介在する必要があるケースについて解説します。
なお、今回の内容はDevRel(Developer Relations)における実務を理解しているエンジニアが読者であることを想定し、AIの実用例と人間の介在価値を明確に対比する構成としています。
DevRelの4CとAIの関係
最初に、筆者が提唱しているDevRelの4Cに沿って、各領域におけるAIの活用可能性を整理します。
- Code
- Content
- Communication
- Conductor
Code
DevRelにおける「Code」は開発者向けのデモアプリやSDKの提供を指します。開発者の参考となるコードはどれだけあっても良いものです。
Code領域において、AIは以下のような活用が考えられます。
- SDKの自動生成
APIドキュメントからSDKコードを生成するツールの活用 - コード生成
LLMを活用して特定の機能を持つサンプルコードを自動生成
Content
「Content」は開発者向けのブログ記事や技術資料の作成を指します。Content領域において、AIは以下のような活用が考えられます。
- コンテンツ生成
LLMを利用したブログ記事・ドキュメントの作成 - 翻訳
AIを活用した多言語対応 - 要約
技術資料やドキュメントの要約生成
なお、ブログ記事の生成などで1からすべてLLMで書くのは「AI 生成コンテンツに関する Google 検索のガイダンス」に違反する可能性があるので注意してください。
例えば、新機能に関するアウトライン原稿があった上でそれをLLMでリライトしたり、SDKに追加した機能をドキュメントに追加する際にLLMを利用したりする活用方法が望ましいです。また、ハルシネーションに注意し、生成されたコンテンツの正確性は人間が確認する必要があります。
Communication
「Communication」はソーシャルメディアやフォーラム、チャットなどでの開発者とのやり取りを指します。Communication領域において、AIは以下のような活用が考えられます。
- ソーシャルメディア運用
AIを活用した投稿案の自動生成やエンゲージメント予測 - FAQやチャット対応
AIを活用したコミュニティ運用のサポートBotの導入 - コミュニティの感情分析
AIを活用したコミュニティのフィードバックや意見の分析
ただし、AIエディタとして有名な「Cursor」ではカスタマーサポートにAIを導入したものの暴走してしまい、結果的に会社の評判を落としてしまったという事例があります。
【参考】Cursor’s AI glitch triggers viral fallout—and raises questions about chatbot reliability
https://fortune.com/article/customer-support-ai-cursor-went-rogue/(2025/4/19 Fortune)
そのため、コミュニケーション分野でAIを活用する際には慎重な設計と運用が求められます。特にAIが生成するコンテンツの品質や正確性を人間が確認するプロセスが重要であり、自動化はおすすめできません。
Conductor
「Conductor」はDevRelにおける人的側面(エバンジェリスト、アドボケイト、コミュニティマネージャーなど)を指します。Conductor領域において、AIは以下のような活用が考えられます。
- イベントの企画
イベントの企画のたたき台を作成 - 登壇資料の作成
登壇資料のドラフト作成
この分野においては、AIはあくまで補助的な役割を果たすことが多いです。人が何らかの判断を下す際の情報提供や、アイデアのブレインストーミングに利用するのが良いでしょう。
AIがすでに活用されている
DevRelの業務領域
それでは、実際にDevRelの業務領域でAIがどのように活用されているのか、具体的な事例を見ていきましょう。
ブログ記事
ブログ記事のコンテンツ作成AIサービスは枚挙に暇がありません。以下はその一例です。
ただし、前述の通り、これらのサービスを使ってコンテンツを1から作成することはおすすめしません。ハルシネーションの問題もありますし、どことなくAIが書いたような文章になってしまうからです。そのようなコンテンツで開発者の信頼を獲得するのは難しいでしょう。
DevRelに特化したものとしては「Doc-E.ai」があります。Doc-EはSlackなどのコミュニケーションツールから情報を抽出し、技術コンテンツに変換するサービスです。ユーザーのペインポイントとその解決策をコンテンツにすることで、他の開発者にとって有益な情報を提供します。
ドキュメント
開発者にフォーカスしたコンテンツ生成としては「DeepWiki」が挙げられます。DeepWikiは開発者向けの技術ドキュメントをAIが自動生成するサービスで、特にAPIドキュメントやSDKの説明に強みを持っています。
翻訳
AI翻訳サービスも数多く存在します。以下はその一例です。
また、ChatGPTのようなLLMを活用した翻訳も可能です。特に、技術文書やコードコメントの翻訳では専門用語の理解が求められるため、AIの活用が有効です。あらかじめ専門用語の辞書を用意しておくことで、より正確な翻訳が可能になります。
ソーシャルメディア
XやFacebookなどのソーシャルメディア運用においては「Buffer AI Assistant」が一例として挙げられます。コンテンツのアイデア生成、1つのコンテンツを複数のプラットフォーム向けに最適化する機能などが提供されています。
コミュニティ運用
コミュニティ運用管理を提供するCommon Roomでは、見込み顧客の発見や行動分析において「RoomieAI」というエージェントを提供しています。これまでは運用担当者が行っていた分析を自動化し、さらに見込み顧客に対するアプローチをAIが提案します。
AIだけでは不十分な領域
AIは確かに便利なのですが、DevRelのすべての領域で万能なわけではありません。例えば、以下のような領域においてはAIだけでは不十分です。
リアルな共感形成
AIはデジタルなので、リアルに開発者と会えるわけではありません。AI Tuberのような取り組みもありますが、相互コミュニケーション分野においては、まだ不十分です。
「A handshake is worth more than a click(握手はクリックよりも価値がある)」といったのはDevRelConの創設者であるMatthew氏ですが、これは今なお真実です。リアルな共感形成はAIでは代替できない重要な要素です。
関係構築と信頼形成
筆者はよく事例インタビューを行いますが、いくら対面で話していたとしても、企業同士の会話においてなかなか本音は出てきません。実際に会って信頼性を構築していくことで、はじめて本音が見えてくるものです。こうした信頼性構築はAIでは難しい領域です。
相手が本音で話してくれなければ、自分たちのプロダクトに対する率直な意見は出てこないでしょう。その結果として、市場ニーズと乖離したプロダクトになる可能性があります。
戦略設計
DevRelは単なる情報発信ではなく、戦略的な位置付けが求められます。AIは情報を提供することは得意でも、戦略的な判断やパートナーシップの形成には限界があります。またアイデアは無数に出してくれますが、最終的な判断は人間が行う必要があります。それは普段の肌感や経験則に基づくものになるでしょう。
AIはパートナーとしてアイデア出しを行ったり、分析の効率化を図ったりするのにはとても有用です。しかし、その情報の正しさの判断や実行を決定するのは人間の役割になります。
DevRel担当者に求められるAIとの向き合い方
AIの活用が進む中で、ことプログラマーにおいては「仕事がなくなる」「責任だけ押し付けられる」「プログラミングの楽しさだけがなくなる」といった話も聞かれます。こうした開発者の変化はDevRel担当者にとって無視できない要素です。
ただ、DevRel担当者にとってAIは割と楽観的に捉えられるのではないでしょうか。AIがこれまで行っていた分析やアイデア出しを肩代わりしてくれる代わりに、担当者は開発者に相対する時間を増やすことができそうです。
DevRelの中長期的な目的は、あくまでも開発者との良好な関係性構築にあります。そのため、AIでできる部分はAIに任せ、開発者に向き合う時間を増やすべきです。相対する時間が増えれば、開発者のニーズをより深く理解できるようになるでしょう。
AIを活用した取り組みの注意点
ドキュメントやブログ記事の生成にはハルシネーションのリスクとスパム記事量産の問題があるため、注意が必要です。AIを活用する際にはオリジナルの要素があるかを確認しましょう。
また、コードについてはLLMに学習させることを前提に考えるべきです。多くのコードやドキュメントを隔週させることで、開発者が質問した際にLLMが正しいコードを生成できるようになります。クローズドなドキュメント、コードベースを選択する価値はなくなっていきます。
最近では「AIO」(AI最適化)といった言葉も出てきています。LLMの学習元ソースになるコンテンツを作成することで、その出力結果を最適化していくという試みです。こうした技術を学び、開発者に選ばれるプロダクトに成長させることもDevRel担当者の役割となるでしょう。
他にもMCPやA2Aなど、AIを活用した開発者向けの新しい取り組みが増えています。これらの技術を理解し、適切に活用することで、DevRel担当者はより効果的な活動が可能になります。AIによって様々な施策が奪われていると感じる一方で、さらに新しい技術が生み出されている点を忘れないでください。
まとめ:
AI時代のDevRelは「コミュニケーション」重視へ
ことDevRelにおいては、もっとAIを活用していくべき分野です。ただし、AIで置き換えられるのはごく一部に限定されるため、人間ができることに特化して活動することが重要です。
AIが日常業務を肩代わりすることで、DevRel担当者はより開発者との関係構築に集中できるようになります。そのため、これからはコミュニケーションの価値が重視される時代になりそうです。