テクノロジーエバンジェリスト・デベロッパーアドボケイトに求められるスキルセット

はじめに
今回はキャリアに関連した話です。もし、あなたがDevRel関連職(今回はエバンジェリストやアドボケイト)に興味があるなら、ぜひ参考にしてください。
ベースはエンジニアリングスキル
テクノロジーエバンジェリストやデベロッパーアドボケイトと呼ばれる職種で求められるのは、まず第一にエンジニアリングスキルです。その製品自体に関する知識はもちろんのこと、その周辺技術に関する深い知識も求められます。例えば、クラウドの決済サービスを提供しているのであれば、全銀手順やCAFIS、PCI DSSなどの知識も必要になるでしょう。
最近ではさまざまなテクノロジーが思わぬ部分で関連するので、幅広い知識が求められます。特にここ数年であれば、AIや機械学習、分散型システム、セキュリティ、DevOpsなどの知識があると有利です(もちろん、製品の業界によって必須になります)。こうした技術的なバックグラウンドがないと、ユーザーとの会話がうまくできなかったり、最適な提案ができなかったりします。
また、こうしたスキルは実践経験を伴って培われるものです。つまり単に本を読んだり、ドキュメントを眺めたりするだけでは不十分です。実際にコードを書き、システムを設計し、問題を解決する経験が必要です。これにより、ユーザーが直面する課題やニーズを深く理解できるようになります。
そのため、人によってはエバンジェリスト職を「技術スキルの切り売り」と感じることもあるようです。最新のテクノロジーに対する知識のアップデートが足りないと、徐々に現場とのズレを感じるようになります。そうならないためには、日々の学習と実践が欠かせません。
必須のマーケティングスキル
そうしたエンジニアリングスキルに加えて、マーケティングスキルも必要です。エバンジェリストやアドボケイトは、製品やサービスの価値を伝える役割を担っています。そのため、ターゲットオーディエンスの理解、メッセージの作成、効果的なコミュニケーション手法の選択など、マーケティングに関連するスキルが求められます。
DevRelチームがマーケティング部に所属、ないし内在するケースも多いので、そうした意味においてもマーケターの人たちと適切にコミュニケーションできるスキルが必要です。
また、DevRelにおいて大事なのが、開発者からフィードバックを得て、それを開発チームへ伝える役割です。開発者が感じている課題感を言語化し、開発チームに役立つ形で届けなければなりません。このようなコミュニケーションスキルも、エンジニアとしてのバックグラウンドがあってこそでしょう。
最近求められるスキルセット
コロナ禍から求められるようになったのが、動画の編集スキルや配信スキルです。オンラインイベントが増えたことで、動画コンテンツの需要が高まりました。動画編集ソフトの使い方や、ライブ配信の技術的な側面に関する知識も必要になっています。
ちょっと前であれば、あらかじめ用意されているZoomやGoogle MeetなどのURLにジョインして、話せばよかったのですが、最近では自分で配信環境を整えたり、配信後の編集まで行うケースが増えています。OBS Studioのようにローカルで動かすものもあれば、StreamYardのようにブラウザ上で完結するものもあります。こうしたツールを使いこなすスキルは必須です。
キャラクター性が強くなっている
元々、エバンジェリストなどはバイネームドで活動することが多かったのですが、最近ではさらにキャラクター性が強くなっているように感じます。例えばソーシャルメディア上でのフォロワー数であったり、YouTubeの登録者数などが、評価の対象になることもあります。もちろん、そうした数値がすべてではありませんが、影響力の1つの指標として見られるようです。
少なくとも、そうしたインフルエンサーに対して企業からアプローチし、案件を行ってもらう機会は増えています。日本ではテック系YouTuberの方は多少いるのですが、テック系Instagramerはほとんど見かけません。しかし、グローバルではすでに多くのインフルエンサーがInstagramやTikTokで活躍しています。日本にはそうした人がいないのか、と聞かれることもあるので、もし興味があるなら、ぜひ挑戦してみてください。
配信という新しいチャネル
従来であれば、カンファレンスやミートアップでの登壇を通じて製品を知ってもらっていたのですが、オンラインの動画であれば場所や時間を選びません。そうした意味においても、動画コンテンツの重要性は増しています。AWSのTwitchでは11.7万人のフォロワーがいて、毎日いくつもライブ配信を行っています。日本マイクロソフトが開発者向けに配信している「クラウドデベロッパーちゃんねる」は、1.87万人の登録者がいます。こうした独自のチャネルを持つことは、製品認知度の向上はもちろんのこと、新機能の告知や、ユーザーからのフィードバックを得るためにも有効です。
逆に、ソーシャルメディア(特にX)の影響力は下がっているように感じます。Xの買収劇から、BlueskyやMastodon、Threadsなどにユーザーが流れてしまっているためです。日本ではあまり変わらなかったのですが、海外では多くの人たちがXの利用を止めてしまっています。
そうした課題もあり、配信は新しい可能性を秘めているチャネルと言えます。DevRelCon NY 2025では「Youtube Based DevRel」 というセッションで自分で「YouTubeチャンネル」の解説と動画投稿をはじめた話を共有していました。企業のYouTubeチャンネルを拡大するのは困難であり、個人で視聴者を獲得し、そこで製品についても話すほうが良いという話でした。
Greg Baugues on why YouTube is the dev-acquisition channel of 2025. Zero→10k subs playbook, friction-free workflow, and packaging hacks for dev audiences—get your video game on point! #DevRelCon #YouTube #DevRel pic.twitter.com/usDGMaqNyR
— DevRelCon (@devrelcon) July 17, 2025
【参照】「"https://x.com/devrelcon/status/1945890944047370417」
DevRelKaigi 2025では、ElestioのデベロッパーアドボケイトであるWassim SAMADさん(以下ワシムさん)が登壇されます。ワシムさんは日本在住のフランス人の方で、「Wawa Sensei」というYouTubeチャンネルを運営しています。React 3Dに明るく、3.13万人のチャンネル登録者がいます。ワシムさんも個人での活動を通じて、Elestioの認知度向上に貢献している好例です。
他にもBuilder.ioのSteveさんも、さまざまなテクノロジーを紹介する「Steve (Builder.io)」というチャンネルを運営しています。登録者は13.4万人で、Builder.ioの認知向上にも貢献しているはずです。
AIに関する知識
昨今のテクノロジー界隈では、常にAIが話題に上がります。「前回のDevRelCon NY 2025レポート」でもAIに関するセッションが多かったと書きましたが、これはテクノロジー面もありつつ、各社のビジネス面による影響も色濃くあります。多くの企業がAI機能開発に全振りしている状況で、逆にAIに触れなかったら投資家や株主から責められる、という話も聞きました。
エバンジェリストやアドボケイトにとっても、AIに関する知識は必須です。自社製品がリリースするAI機能はもちろんですが、ほぼ毎日のように変化するAI界隈の情報をキャッチアップし、自社製品と組み合わせたらどういった価値を提供できるかを考えなければなりません。開発者は日々の業務で忙しく、常に最新情報を追い続けることは容易ではありません。そのため、エバンジェリストやアドボケイトがAIに関する最新情報を提供し、自社製品と組み合わせたユースケースを提案することは、開発者にとって非常に価値があります。
これからエバンジェリストやアドボケイトになろうという方にとっても、AIに関する知識は必須です。AIの基本的な概念から、最新の技術動向、倫理的な考慮事項まで幅広く理解しておく必要があります。そうした知識は、業界によって利用するべきポイントが異なります。スタートアップ、中小企業、エンタープライズ、規制産業、政府・自治体など、さまざまな業界におけるAIの利用ケースを理解し、それぞれのニーズに応じた提案ができるようになることが求められます。
もう1つ大事なのは倫理観です。AIを使うと、著作権やプライバシー、バイアスなどの問題が発生する可能性があります。エバンジェリストやアドボケイトは、こうした倫理的な問題に対して敏感でなければ、開発者(のみならず、製品を利用してくれている方全員)を怒らせてしまう可能性があります。
普遍的なスキル
最新のスキルセットは重要ですが、普遍的なスキルも忘れてはいけません。例えば、プレゼンテーションスキルやライティングスキル、コミュニケーションスキルなどです。これらのスキルは、どのような技術が流行しても変わりません。エバンジェリストやアドボケイトとして成功するためには、これらの基本的なスキルを磨き続けることが重要です。
最初の一歩として、ブログで発信してみたり、ミートアップで登壇してみたりするのがおすすめです。最初は緊張するかもしれませんが、経験を積むことで自信がつき、スキルも向上します。昨今ではLLMの登場によって、アウトプット活動の是非が問われるようになっています。そうした中だからこそ、ブログで定期的に発信することが重要です。自分の考えを整理し、他者に伝える能力は、どのような技術が流行しても変わらない価値があります。
また、DevRelとしてはコーディングスキルも欠かせません。AIコーディングエージェントによって、コーディングが無用の長物になろうともしています。しかし、デモアプリを作ったり、サンプルコードを提供したりするためには、コーディングスキルが必要です。そのコードがどういった意図で書かれているかを、自分の言葉で説明できなければ誰も納得してくれないでしょう。コードを自分のものにするためにも、コーディングスキルは欠かせません。
まとめ
DevRelの基本となるスキルセットは、エンジニアリングスキルとマーケティングスキルです。そこにコミュニケーションスキルやプレゼンテーションスキルなどが加わります。これらは時代が変わっても大きくは変化しない、普遍的なスキルセットです。これに加えて、動画編集や配信スキル、AIに関する知識など、最新のスキルセットが加わっています。
これからDevRel関連職を目指す方は、ぜひこうした普遍的スキルセットと、最新のスキルセットをバランスよく身につけてください。そうすることで、変化の激しいテクノロジー業界においても、価値ある存在であり続けることができるでしょう。
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