連載 [第3回] :
  4分類から見るPMOの全体像

プロジェクト成功の土台を築く「プロジェクト内PMO」〜事業会社編〜

2025年10月15日(水)
甲州 潤 (こうしゅう じゅん)
第3回の今回は、4種類あるPMOのうち「プロジェクト内PMO(事業会社所属)」について深掘りしていきます。

はじめに

前記事では、同じプロジェクト内PMOでもベンダー会社と事業会社では、その役割や働き方が異なるとお伝えしました。もちろんプロジェクトを成功に導くために重要なポジションであることは変わりません。

しかし、両者は事業の方向性や文化、プロジェクトへの関わり方などが異なるため、PMOに求められることにも違いがあるのです。

私は、ベンダー会社だけでなく事業会社のPMOもこれまで何度も経験してきました。そこで感じたのは、事業会社がプロジェクトでPMOの力を最大化するには、まず取り組むべきポイントがあるということです。

今回は、そうした事業会社特有の課題や解決策も含め、事業会社に所属するプロジェクト内PMOに焦点を当てて解説していきたいと思います。

事業会社のプロジェクトに起こりがちな
トラブルと解決策

事業会社のプロジェクトでひんぱんに発生するトラブルの多くは、「プロジェクトと定常業務を切り分けられていないこと」「時間配分に対する意識」に起因すると、私は考えています。

下図のように、事業会社のプロジェクトでは、管理部門や情報システム部門など、普段からさまざまな定常業務を抱えるメンバーがアサインされるのが一般的です。

【出典】株式会社office Root作成:プロジェクト体制図のサンプル

一見、何の問題もないように思うかもしれません。しかし、いざプロジェクトがスタートしトラブルが発生した際、担当者や責任者に状況を尋ねると「定常業務が忙しくて、そこまで手が回らないんです」「実はプロジェクトのことをよく分からなくて…」そんな返答が返ってくることも、事業会社のプロジェクトではしばしばあるのです。

これは、メンバー個人のスキル不足というわけではなく、そもそも「このプロジェクトはどんなゴールに向かっていて、自分には何を求められているのか」といったプロジェクトの目的や自身の役割がメンバー全員に共有されていないことに加え、定常業務とプロジェクト業務の境目が曖昧なことが根本要因です。

【出典】株式会社office Root作成:プロジェクトと定常業務の関係性

多くの人にとって仕事は、日々継続的に行う「定常業務」と、一時的に行う「プロジェクト」に2分されます。さらに定常業務は、例えば「月末の締め業務」や「決算処理」といった月次や年次の業務などにも分けられますね。

つまり、「プロジェクトの他に定常業務もあって忙しい」というのは、事業会社に限らずみんな同じなのです。

1人の会社員が1カ月で仕事全体に充てられる時間は「(1日8時間×5日)×4週間」で160時間ほど。定常業務はこなしつつ新たにプロジェクトに参画するのであれば、本来、この160時間の配分を見直して、プロジェクトに費やす時間を作り出さないといけないはずです。

しかし、事業会社は定常業務が幅広い上に、いくつものプロジェクトが走っていることも多くあります。そのため、「プロジェクトの仕事は定常業務の余った時間で取り組む」といった意識が根付いていることも多いのです。

そうした意識の現れとして、事業会社のプロジェクト開始前に「体制図を見せてください」と言うと、会社の組織図が提出されることもよくあります。また、「プロジェクトのためにPMOを配置する」という文化も、ベンダー会社ほど一般的ではありません。

私の経験からお話しすると、そんなふうに定常業務の延長でプロジェクトをスタートすれば、多くの場合、プロジェクトに無理が生じてきます。

例えば、PMに任命された部長は、定常業務とプロジェクトの意思決定事項やプロジェクトで起こった問題の対処依頼などタスクが山積みになるでしょう。

さらには、アサインされた経理担当者や人事担当者といったメンバーのそれぞれの所属長から「担当者をプロジェクトに取られて、定常業務がおろそかになっているのですが…」などとクレームが上がることもあります。場合によっては「今は定常業務に注力させたいので、この担当者はプロジェクトに参加できません」とアサインされたメンバーがいなくなり、プロジェクトが停滞してしまうことも。

こうした事業会社のプロジェクトに起こりがちな問題を解決する鍵は、まず「定常業務とプロジェクトは違う」「一人ひとりの時間は有限」という意識を組織全体で持つこと。そして「仕事の時間を配分すること」です。

「Aさんは、1カ月の勤務時間のうち、定常業務に⚫︎時間、プロジェクトに⚫︎時間を充てます。ただし決算月は定常業務が繁忙期のため、プロジェクトには参加しません」

このように仕事に費やす時間を定量的に管理し、メンバーの所属部門の上司と事前に合意を取ることが非常に重要なのです。

時間配分が固まれば、プロジェクトのスピードが上がるだけでなく、メンバーは安心してプロジェクト業務に注力できます。定常業務が滞ることもないでしょう。

日本的な企業文化、事業会社ならではの文化も
プロジェクト停滞の要因に

時間配分と並び、プロジェクトを停滞させる要因が「プロジェクトの目的が周知されていないこと」や「一人ひとりのタスクの曖昧さ」です。

事業会社のプロジェクトでは「自分は何をすれば良いのか分かりません」「とりあえず指示を待っていれば良いですか?」といった、プロジェクトを「自分ごと」に捉えられないメンバーもよく見られます。

こうしたメンバーは決してやる気がないわけではありません。多くの場合、プロジェクトが目指すゴールが共有されていないことや、自分の役割が明確に割り振られていないことが原因なのです。

これは、日本の多くの企業に見られる「人に仕事をぶら下げる」文化も大きく影響していると思っています。

例えば、「正社員には、その人ができる業務をできる限り持たせる」といった状況は、どの会社にもよくありますね。「このプロジェクトが何を目指しているのか分からないけれど、とりあえず与えられたタスクをこなした」という経験がある方も多いでしょう。

一方、海外の企業ではまずジョブディスクリプション(職務記述書)のように「仕事の内容」があり、次に「求める役割をできる人」がアサインされるという文化があります。プロジェクト単位で雇用契約を結ぶケースも多く、メンバーは「自分がここで何をすべきか」が明確な状態で業務に入れるので、「何をすれば良い?」と思うことがないわけです。

また、事業会社の「プロセスよりも結果を重視する」という文化も、プロジェクトと定常業務の切り分けができない要因になっていると感じます。「期日までに依頼された成果物をクライアントへ納品しなければならない」ベンダー会社と比べて、事業会社のプロジェクトの多くは、少し期日が伸びたとしてもそれほど大きな損失になりません。

そのため、「あえて切り分けなくても、メンバーが残業をするなどして力技で取り組んで、最終的に結果が出せれば良い」といった考え方になりやすいですし、実際、それで何とかなってしまうケースもあります。だからこそ、ベンダー会社よりプロジェクト管理に重きを置く必要性も生まれにくいのです。

もちろん、個人ベースでは自分なりに仕事配分などを行って効率よく動いている人もいますし、現状のままでも、プロジェクトとして結果を出せている事業会社も多いでしょう。

しかし、プロジェクトと定常業務をきちんと切り分け、プロジェクトの管理を強化することで、今よりももっとスムーズに望む結果に辿り着ける可能性があり、さらにはもっと多くの事業に取り組める可能性もあるのです。

事業会社のプロジェクト内PMOに求められる役割

ベンダー会社と事業会社ではプロジェクトに対する意識が異なり、事業会社においてはプロジェクト管理やPMOの存在があまり重要視されない実態があります。しかしながら、事業会社こそPMOを配置してプロジェクト管理を徹底することが重要で、メリットも多いと私は感じています。

では、事業会社におけるPMOは、プロジェクト成功のため、具体的にどのような役割を果たせば良いのか。特に、プロジェクト立ち上げ時においては、以下の3つに着手しつつ「プロジェクトと定常業務が曖昧な状態」から脱却することが重要です。

  1. PMの負担軽減と業務整理
    PMに課せられている膨大な業務のうち、特に管理業務を引き受けて、PMにはプロジェクトの意思決定に注力してもらう
  2. プロジェクトの目的の周知
    「このプロジェクトはどのようなゴールを目指しているのか」といった目的を全体ですり合わせて周知する。特に事業会社のプロジェクトはシステムなどの納品がゴールのベンダー会社と異なり「完成したシステムを導入した後、どうするか」まで考えなくてはならず、もともと存在しない答えを定義し、浸透させていくプロセスが必要
  3. 役割の明確化
    目的を示した上で、メンバー一人ひとりのプロジェクトにおける役割や任せる可能性のある業務を明確にする。「プロジェクト体制図に名前があるだけ」の状態を回避するとともに、具体的に「何のタスクに何時間費やすのか」を明確化し、役割をまっとうできる人をアサインする。時には、「定常業務との調整が難しい」というメンバーの代わりにPMOが所属部門の上司へ合意を取りに行ったり、合意形成のための資料を準備したりすることもある

これらを実施し、「きちんと機能するプロジェクトチームを作り上げる」ことが事業会社のプロジェクト内PMOが担う役割と言えるでしょう。

おわりに

今回は、事業会社に属するPMOに焦点を当てて解説しました。「プロジェクトと定常業務の切り分けができていない」といった事業会社特有の課題を解決し、「プロジェクトをプロジェクトとして成立させる」ためには、PMOの存在が必要不可欠だと私は考えています。

その段階を経ることで、プロジェクトは成功の土台が出来上がり、驚くほどスムーズに目指す目的へ向かい始めると思います。ちなみに、事業会社が初めてPMOを導入する場合や、定常業務があまりに多忙でプロジェクト管理のリソースが確保できない場合は、外部からPMOを導入するのも一案です。

外部から来たPMOは、既存の企業文化などにとらわれることなく、客観的な目線でプロジェクトの課題を洗い出すことができるでしょう。導入コストはかかりますが、プロジェクトが円滑に進行することで得られるメリットを考えれば、費用対効果はとても高いと思います。

次回は、事業部長直下に配置される「部門PMO」にクローズアップしたいと思います。どうぞ、お楽しみに!

著者
甲州 潤 (こうしゅう じゅん)
株式会社office Root (オフィスルート) 代表取締役社長
国立高専卒業後、ソフトウェア開発企業でSEとして一連の開発業務を経験し、フリーランスに転身。国内大手SI企業の大規模プロジェクトに多数参画、優秀な人材がいても開発が失敗することに疑問を抱く。PMOとして活動すると多数プロジェクトを成功へ導き、企業との協業も増加。2020年法人化し企業課題と向き合う。【著書】『DX時代の最強PMOになる方法』(‎ビジネス教育出版社)
URL: https://www.office-root.com/become-excellent-pmo/

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