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  インタビュー

三菱電機が設立したOSPOのメンバーにインタビュー。「インナーソース」を戦略的に使う背景とは?

2025年10月3日(金)
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
三菱電機が設立したOSPOのメンバーにインタビューを実施し「インナーソース」を戦略的に使う背景などを訊いた。

三菱電機株式会社と言えば、創立100年を超える日本を代表する総合電機メーカーだ。その三菱電機が2025年4月にOpen Source Program Office(OSPO)を設立した。社内におけるオープンソースやインナーソースの活用推進、社内外コミュニティ活動の強化などを目的としたものだ。今回は三菱電機のOSPOに所属するメンバーに集まってもらい、横浜みなとみらいのDXイノベーションを推進する共創空間「Serendie Street Yokohama」で座談会を行った。

参加者はオープンソース共創推進部部長の追立真吾氏、戦略企画グループグループマネージャーの増井翼氏、戦略企画グループ主任技師の平森将裕氏、そして管理グループの大内佳子氏の4名だ。追立氏は今回の参加者3名の上司である。日本語での部門名は「オープンソース共創推進部」ではあるが、英字表記ではOpen Source Program Officeとなっている。社内での通称もOSPOと呼ばれているという。その4名で「どうして三菱電機がオープンソースに特化した組織を作ったのか」「オープンソースだけなくインナーソースにも重点を置いているのか」などを語り合ってもらった。

三菱電機のOSPOメンバー。左から大内氏、平森氏、増井氏、追立氏

三菱電機のOSPOメンバー。左から大内氏、平森氏、増井氏、追立氏

最初に追立さんから組織としての成り立ちを教えてください。

追立:もともと私個人はオープンソースコミュニティとは関係のない仕事をしておりました。三菱電機でオープンソースを20年間推進していた落合真一さんという方が、あと1年で定年となって引退するという状況の中で、その人の後を継ぐという形で異動してきたのが発端なんですよ。そしてその人の仕事やオープンソースとの係わりを近くで見ていた時に「これはやるしかない」という気持ちになったというのがオープンソースの推進やOSPOの立ち上げに本気で取り組むことになった経緯ですね。で、実際にやってみるとこれはやりがいのある仕事だと感じました。組織としてのOSPOは2025年4月1日に立ち上げられました。

ということは追立さん個人の発想じゃなくて会社の方針で始まったということですね?

追立:社内でオープンソースを推進することになったきっかけはそうです。オープンソースのコミュニティ活動を通じてOSPOというものを知り、社内で必要性を訴える活動は私の意志で進めました。でもちょうど現在の社長が2024年のIR Dayという投資家向けのイベントで示した「デジタル基盤、Serendieを活用して新しい価値を生み出し、社会課題解決に貢献する」という意志が形になってきたことと時を同じにしている感じなんですね。

今回の座談会で使っているこの場所「Serendie Street Yokohama」を作って、掛け声だけじゃなくてこれまでと違うやり方で仕事をしていくんだ、本当にオープンソース的な発想で共創活動をやっていくんだということが具体的に形になったというのも大きいと思いますね。これまでの三菱電機の各事業所が、それぞれのやり方で顧客に対して仕事をしていたやり方を変えて行こうということと同期していると思います。事業部の壁を越えて一緒にソフトウェアを開発していこうということですね。そして実際に研究開発部門にいた平森さんや他のメンバーが異動してきてOSPOが始まったという感じです。Serendie Street Yokohamaのオープンは2025年1月なのでまだ7ヶ月くらいですが、すでに延べ7000名の三菱電機の社員がここを使って顧客やパートナーと仕事をしています。

Serendie Street Yokohamaのワークスペース。茶室も設けられた開放的な空間

Serendie Street Yokohamaのワークスペース。茶室も設けられた開放的な空間

OSPOのKPI(Key Performance Indicator、達成目標)はなんですか?

追立:OSPOではソフトウェアリリースまでの時間を短縮するというのを目的として掲げています。

つまり三菱電機でこれから開発されるソフトウェアはパートナーや他の事業部とも協力しながら素早くリリースできるようにするということですか?

追立:そうです。そのための仕組みとしてGitHub Enterpriseを導入しています。

新しいソフトウェアの開発にGitHubを使ってオープンソース的な手法を取り入れるということですが、三菱電機の各事業所というのはそもそも事業が違うので仕事の進め方や目的が違うのは当たり前のような気がします。お互いのシナジーを使うと言ってもやり方が難しいと思いますが、どうやってそれを実現するんですか?

追立:これから開発するソフトウェアに関しては、社内で公開して共創や連携ができる仕組みをGitHub Enterpriseで実装しているということですね。他にもさまざまなツールを使っていますが、メインとしてはGitHubです。

つまり三菱電機の中でこれから開発するソフトウェアについては、GitHubのリポジトリの中で公開されて他の事業部の人からも参照できるということですね。それだと確かに似たようなソフトウェアを別々に開発することがなくなっていわゆる「車輪の再発明」が少なくなりますね。

追立:ソフトウェア開発自体はスクラムでアジャイルに開発します。GitHubの中ではCopilotを使えるようにしてあるので、コーディングアシスタントを使うことができます。これまでは電力やFA機器、ビル管理などさまざまな事業部門がそれぞれのスタイルでソフトウェア開発を行っていて、互いに交わることは多くありませんでしたが、同じプラットフォームを使うことで実現したいと思っています。実際にPoCとして複数の事業部が連携するソフトウェアも開発していますので、すでに成果は現れていると思います。

セミナースペースも広々として使いやすそうだ

セミナースペースも広々として使いやすそうだ

過去のソフトウェア開発の資産については一旦置いて、新しく開発するプロジェクトについてはGitHub上でオープンソース的に開発を行うと。一般的なオープンソースプロジェクトが企業内に留まらずに外部からの参加を促してオープンに開発する手法とは異なり、社内のリソースでやるということですが、三菱電機としてオープンソースへの貢献もこのOSPOの役割の中に含まれているんですか?

追立:そうです。特に平森さんは、OSSのコントリビュータとして「The」(Apache Software Foundation)の中のプロジェクトApache TVMにコミッタとして参加しています。PyTorch Contributor Awards 2024 Nomineesにも選ばれました。

平森:Apache TVMはAIコンパイラと呼ばれるソフトウェアで、それはPyTorchなどで作ったAIモデルをハードウェア資源が限られているFAなどの機器に向けて最適化するソフトウェアです。TVMについては2024年にコミッタになりました。OSPOに異動する前は研究開発部門にいたんですが、OSPOに異動しても継続してやっています。ただOSPO所属になったことで、論文を書いたり、学会で発表したりするということはなくなりました。その代わりに他のテックカンファレンスなどで講演することが増えました。タスクが置き換わった感じですね。

平森さんは事業部の仕事をされることもあるのですか?

平森:それはないですね。係わっているオープンソースに関係する仕事についてアドバイスするようなことはありますが、私が事業部の仕事をするということはなさそうです。

そうすると平森さんは三菱電機の仕事に役立つオープンソースを選択して貢献しているということですね。この発想は日立の中村雄一さんが日立のビジネスに役立って主導権をとれるプロジェクトを戦略的に選んでオープンソースに関わるようになったことと似ていますね。

追立:中村さんとは何度かお話をしていて、その発想に共感しています。これからの日本企業がオープンソースに貢献する時のお手本になるやり方だなと。

●参考:ビジネス視点からオープンソースに貢献する仕組みを解説する日立のOSPOのトップ、中村氏にインタビュー

これまでさまざまな企業におけるオープンソースの使い方や係わり方を取材してきて一番多い問題は、オープンソースへの貢献と社内の仕事のコンフリクトなのですが、それについては? つまりなんで会社の時間を使って仕事に関係ない作業をしているんだ? という疑問に答えるロジックがないという問題なのですが。

追立:コンフリクトはないですね。つまり社内の業務の中にオープンソースへの貢献が含まれているということです。

それは素晴らしいですね。オープンソース関連の問題で次に多いのは、案件の中でオープンソースを使ってそこにバグを見つけてしまって、必要なのでそれを修正した、でもそれを大元のコミュニティに還元できないということです。これはそのエンジニアが書いたコードの知的財産は会社のモノだということで、往々にして知的財産部門との交渉が必要になると思うんですが、三菱電機のOSPOではその問題は起こらなかったんですか?

●参考:日本でOSSのコントリビュータを増やすには何が必要か? 座談会形式で語り合う

大内:そういう問題に遭遇したことはないですね。社員がオープンソースプロジェクトにコントリビュートすることに対しての障壁はないと思います。そもそもオープンソースプロジェクトにエンジニアが参加する前にどういうライセンスのソフトウェアなのか、コントリビューションに対してどういうCLA(Contributor License Agreement)になっているのかをチェックしていますから。

増井:知財部門とは密に会話をしているのですが、問題として挙がったことはないと思います。

追立:オープンソースプロジェクトに対するネガティブな印象を持つ人は確かにいます。つまり無償のソフトウェアで誰でもコピーして使えることで、時間と労力を使って書いたコードなのに会社に価値を戻していないという発想ですね。そういう時に私が伝えているのは「インナーソースは、会社のエンジニアが書いたコードを会社のために使います。そこがオープンソースとの違いです」というロジックです。これであればソフトウェア開発の手法はオープンソースですが、コードの価値は会社に還元されるんです。でもオープンソースの発想では書いたコードが会社という狭い範囲ではなく、より広く社会に還元されることでより大きな価値を産むというのも正しいと思います。オープンソース的なやり方を好む人には共感してもらえるのかなと。そうした考えを持つ人を、社内で増やしていければと思っています。

ロジックを相手によって使い分けるという手法ですね(笑)。方法論としては現実的で悪くないと思います。とにかく社内に味方を増やすことが重要だと思いますから。

三菱電機のOSPOは伝統的な製造業が事業部の壁を越えて協力することでソフトウェア開発のスピードを速めるという目的のために結成された。これが企業としての改革と並行していることが追い風となっているようだ。2025年4月の結成から4ヶ月後となる8月に行われた座談会だが、この組織の結成1年後に共創のための空間の評価と合わせてどのような成果が出るのか、引き続き注目していきたい。

著者
松下 康之 - Yasuyuki Matsushita
フリーランスライター&マーケティングスペシャリスト。DEC、マイクロソフト、アドビ、レノボなどでのマーケティング、ビジネス誌の編集委員などを経てICT関連のトピックを追うライターに。オープンソースとセキュリティが最近の興味の中心。

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